2019年03月30日
本日の作業
3月30日 今日の作業
・キャベツ、レタスを植える場所のマルチ張り
・ゴボウの畝たて
・ズッキーニ、きゅうり①の移植
・ゴボウの種蒔き
・人参種蒔き
・畑を耕す
雨降り
・ハウスにて、ハンマーナイフの爪の交換
・18:30~お組の引き継ぎ

↑右が古い爪。左が新しい爪。だいぶきてた。↑

↑ゴボウ種蒔き↑ 種まき機で蒔いてもいいのだが、ゴボウは種の形が変わってるのでムラが出やすい。手で蒔くと確実。
〇組の引き継ぎがあった。組長が次の人に移り、また新しい年度が始まる。
お酒が入り、いろんな話が出る。ドラゴンズのことから始まり、農作業や選挙のこと、祭りのこと、そしてだんだん昔の話になる。
「小太りの乞食が来た」という話が自由律俳句みたいだった。
昔はよく通りに物貰いが来て、残り物なんかをあげたりしていたそうな。
でも小太りの物貰いはあまり同情できんかったな~、みたいな話
・キャベツ、レタスを植える場所のマルチ張り
・ゴボウの畝たて
・ズッキーニ、きゅうり①の移植
・ゴボウの種蒔き
・人参種蒔き
・畑を耕す
雨降り
・ハウスにて、ハンマーナイフの爪の交換
・18:30~お組の引き継ぎ
↑右が古い爪。左が新しい爪。だいぶきてた。↑
↑ゴボウ種蒔き↑ 種まき機で蒔いてもいいのだが、ゴボウは種の形が変わってるのでムラが出やすい。手で蒔くと確実。
〇組の引き継ぎがあった。組長が次の人に移り、また新しい年度が始まる。
お酒が入り、いろんな話が出る。ドラゴンズのことから始まり、農作業や選挙のこと、祭りのこと、そしてだんだん昔の話になる。
「小太りの乞食が来た」という話が自由律俳句みたいだった。
昔はよく通りに物貰いが来て、残り物なんかをあげたりしていたそうな。
でも小太りの物貰いはあまり同情できんかったな~、みたいな話

2019年03月29日
レストラン・フラスカティ
〇今日は金曜朝市。健とハルを連れて朝市へ行った。
野菜のほうは端境期でかなり少なめ。セットのお客さんにも交代でお休みしてもらっている。
〔今ある野菜・加工品→里芋、天皇芋親芋、わけぎ、ねぎ、菜の花、キャベツ、ブロッコリー(脇芽)、切り干し大根、ズイキ、柚子こしょう、卵〕
4月には小松菜やかぶの抜き菜が出てくるかな~。
〇先週末は両親が新城まで新太を見にやってきた。
どこかで食事を、ということだったのでいろいろ調べていたが、なかなか近場で見つからず、豊橋まで足を伸ばして萱町の「フラスカティさん」でランチをいただくことにした。(両親にご馳走になってしまったのだが…)
フラスカティさんは以前から有機の会の朝市に足を運んでくれていて、レストランで食材を使っていただいている。
新城の「空多楽農園」さんとお付き合いが長く、空多楽さんを通して、僕ら有機の会の運営会議をレストランで開き、その後フラスカティさんのコース料理を楽しむというなんとも贅沢な会を催していただき、本場の味を堪能させてもらったりしている。(太っ腹なシェフなのです)
その日は3:3で二種類のランチコースを楽しませてもらった
(健とハルもこういうところは初めての経験で、少し緊張してたかな?)
・豊橋有機の会の食材のバーニャカウダ→お好みのパスタ or ・西浦の魚介の前菜→お好みパスタ
どちらも素材の力が最大限活かされていてエネルギーを感じた。
パスタは空多楽さんのブロッコリーをマッシュして和えたものをチョイス。こちらも美味。シンプルなんだけど奥深くて、オイリーだけども爽やか。
デザートは手づくりのプリン。これがまた懐かしい味というか昔ながらの(ほんものの)味。
いや~堪能しました
フラスカティさんで食事をして感じたことは…
・「食事」ってただ単にお腹を満たすためだけにあるのではないってこと。家族と四方山お話しながら、その場と時間を楽しむ。「心」も満たしてくれる。
・作り手(シェフ)の想い・志というものが料理に表れる。あの場所で、あの人が作る料理。それは他では味わえない。
野菜もそう。その作り手の想いが乗る。その想いを届けたい。


その後豊橋動植物園にて
野菜のほうは端境期でかなり少なめ。セットのお客さんにも交代でお休みしてもらっている。
〔今ある野菜・加工品→里芋、天皇芋親芋、わけぎ、ねぎ、菜の花、キャベツ、ブロッコリー(脇芽)、切り干し大根、ズイキ、柚子こしょう、卵〕
4月には小松菜やかぶの抜き菜が出てくるかな~。
〇先週末は両親が新城まで新太を見にやってきた。
どこかで食事を、ということだったのでいろいろ調べていたが、なかなか近場で見つからず、豊橋まで足を伸ばして萱町の「フラスカティさん」でランチをいただくことにした。(両親にご馳走になってしまったのだが…)
フラスカティさんは以前から有機の会の朝市に足を運んでくれていて、レストランで食材を使っていただいている。
新城の「空多楽農園」さんとお付き合いが長く、空多楽さんを通して、僕ら有機の会の運営会議をレストランで開き、その後フラスカティさんのコース料理を楽しむというなんとも贅沢な会を催していただき、本場の味を堪能させてもらったりしている。(太っ腹なシェフなのです)
その日は3:3で二種類のランチコースを楽しませてもらった

(健とハルもこういうところは初めての経験で、少し緊張してたかな?)
・豊橋有機の会の食材のバーニャカウダ→お好みのパスタ or ・西浦の魚介の前菜→お好みパスタ
どちらも素材の力が最大限活かされていてエネルギーを感じた。
パスタは空多楽さんのブロッコリーをマッシュして和えたものをチョイス。こちらも美味。シンプルなんだけど奥深くて、オイリーだけども爽やか。
デザートは手づくりのプリン。これがまた懐かしい味というか昔ながらの(ほんものの)味。
いや~堪能しました

フラスカティさんで食事をして感じたことは…
・「食事」ってただ単にお腹を満たすためだけにあるのではないってこと。家族と四方山お話しながら、その場と時間を楽しむ。「心」も満たしてくれる。
・作り手(シェフ)の想い・志というものが料理に表れる。あの場所で、あの人が作る料理。それは他では味わえない。
野菜もそう。その作り手の想いが乗る。その想いを届けたい。
その後豊橋動植物園にて
2019年03月28日
寝返り
〇木曜夜のラジオの番組、「かれんスタイル」が今日で終わりだった!ショック
朝市の準備を夜な夜なしながら、カレンさんと弥太郎さんのシックな話を聞くの楽しみだったんだけどな…。
出会いがあったり別れがあったり。春はそんな季節ですね。
〇我が家の新太くんはすくすくと成長しております。
体重は7000gを突破しました。先日、この世界に誕生して6カ月となりました
(^^)/
呼び名がいろいろ変化しています。
あらた王子、あら坊、新ジャガ君など。今は「あらたん」で落ち着いてきています。
最近は「寝返り」の練習に余念がないあらたんです。
いっこも教えていないのに、赤子は自らの中にある力でいろんなことを習得していく姿に逞しさを感じます。


朝市の準備を夜な夜なしながら、カレンさんと弥太郎さんのシックな話を聞くの楽しみだったんだけどな…。
出会いがあったり別れがあったり。春はそんな季節ですね。
〇我が家の新太くんはすくすくと成長しております。
体重は7000gを突破しました。先日、この世界に誕生して6カ月となりました


呼び名がいろいろ変化しています。
あらた王子、あら坊、新ジャガ君など。今は「あらたん」で落ち着いてきています。
最近は「寝返り」の練習に余念がないあらたんです。
いっこも教えていないのに、赤子は自らの中にある力でいろんなことを習得していく姿に逞しさを感じます。
2019年03月21日
一ヶ月ぶり更新
この一カ月もいろいろあった。
先月末には指を怪我した
隣のおばあさんに頼まれていた垣根を刈っていて、最後の最後で機械で指を傷つけてしまった。
右手の中指と小指を10針ずつ縫う処置をしてもらい、小指は骨までひびがいってたので添え木をしてもらうことに。家族にもご近所さんにも心配をかけてしまった。ごめんなさい。
先週無事抜糸して、順調に回復しております。
やはり基本農作業に「焦り」は禁物であることを改めて思い知ることになった。怪我した日も、夕方からお組の葬儀が入っていて、それまでにいろいろやりたくて、垣根刈りは昼までに終わらせたかった。そんな状態で12:15分くらいの時に、残りあと数メートルというところで(自分でもなんでそんなことになったか記憶が曖昧だが)機械の刃のところに指を当ててしまったのだ。
焦りというのは「今」自分がいるところに根を下ろしていない状態になってしまう。「今」やるべきことに集中することが大事なんだな~、と処置されながらしみじみ思った。
そしてもう一つの「呼びかけ」は「比較しなくていいんだよ」ってこと。
全ての出来事には何かしらの「呼びかけ」が含まれていると思っているのだけど、今回はそんなことがふっと降りてきたように感じた。
新城で百姓暮らし初めてから、その前のなずな時代、そのまた前の学生時代…思えばず~っと「比較」の中で、際限のない孤独な闘いをしてきた自分がいた。
そんな自分に、「もうそろそろいいんじゃない?」「比較を止めて、自分自身が担う人生の仕事に心を傾ける時なんじゃない?」という呼びかけられているように感じた。
先月末には指を怪我した

隣のおばあさんに頼まれていた垣根を刈っていて、最後の最後で機械で指を傷つけてしまった。
右手の中指と小指を10針ずつ縫う処置をしてもらい、小指は骨までひびがいってたので添え木をしてもらうことに。家族にもご近所さんにも心配をかけてしまった。ごめんなさい。
先週無事抜糸して、順調に回復しております。
やはり基本農作業に「焦り」は禁物であることを改めて思い知ることになった。怪我した日も、夕方からお組の葬儀が入っていて、それまでにいろいろやりたくて、垣根刈りは昼までに終わらせたかった。そんな状態で12:15分くらいの時に、残りあと数メートルというところで(自分でもなんでそんなことになったか記憶が曖昧だが)機械の刃のところに指を当ててしまったのだ。
焦りというのは「今」自分がいるところに根を下ろしていない状態になってしまう。「今」やるべきことに集中することが大事なんだな~、と処置されながらしみじみ思った。
そしてもう一つの「呼びかけ」は「比較しなくていいんだよ」ってこと。
全ての出来事には何かしらの「呼びかけ」が含まれていると思っているのだけど、今回はそんなことがふっと降りてきたように感じた。
新城で百姓暮らし初めてから、その前のなずな時代、そのまた前の学生時代…思えばず~っと「比較」の中で、際限のない孤独な闘いをしてきた自分がいた。
そんな自分に、「もうそろそろいいんじゃない?」「比較を止めて、自分自身が担う人生の仕事に心を傾ける時なんじゃない?」という呼びかけられているように感じた。